Post

        

帰省と葦

category - 独り言
2017/ 05/ 08
                 
帰省してきました。
実家にいくと、中高生のときに読んでいた本が残っており、懐かしくなります。

高校生のときには、橋本治をよく読みました。
東大卒の編み物が好きな作家であり、批評家です。
橋本治がゲイと知ったとき、批評家や分析する人は、ゲイの傾向があるのでは、と思いました。
いろいろ考えたり気づいたりしていくと、どんどん自己と他の違いがわかり、特に男性は、女性に対して、精神的に異質を感じていく。
(女性の感情が優先されるところ、後先を考えない発言、などに驚きを感じるのは私だけでしょうか。それが女性の強みでも魅力でもあると今は思いますが)
他者との違いに敏感になり、自分と感じ方の近い、同性に惹かれていく。
(ナルシストが究極に自分に向かっていく愛情としたらば、同種の、同性に向かっていく愛情といったらば良いでしょうか)

私も分析が好きな方なので、ゲイの傾向があるのでは?と恐れたものです。
(多少、誰でも、そんな傾向はあるだろうと、大人になって思いますが、そのころは、軽くビビりました)
テレビのコメンテイターにゲイが多いのは、その人生経験もさることながら、そういった天性の分析力も活かされていると思います。

人は多様な傾向があつまって、その人の性格を作っています。
だから、時には、Aの傾向が強くなったり、Bの方が強くなったりする。
それも、また人生。
しかし、船がその時に気分で、方向を変えていたらば、目的地にいつまでたってもつかないように、
ある程度の方向性を持っていないと破綻してしまう気がします。
その方向性が、その人の信条ではないかと思います。

自分の信条って何だろう?
仕事を通じて、社会に貢献すること?
子供を立派に育てること?
社会通念に染められて、自分で考えることを怠慢になっていないか、と反省する。

人間は1本の葦にすぎない。
自然のうちで最も弱いものである。
だがそれは考える葦である。
----パスカル「パンセ」----

考えることによって崇高な存在だと言っています。
考えることをやめてしまっては、その崇高ささえも失い、ただの葦になってしまいますね。

方向性もなく徒然なるままに書いてきました。
結果、今日から、もう少し考えながら、1日、ガンバロウっと思いました。
スポンサーサイト
                        
                                  

コメント

非公開コメント
        

No title
同感です。
私が思うのは、男や女の一方的な目線だけでなく、男として男の目線を持ちながらも女性の目線を持っている、女としても同じですが、2つの目線を持っているからこそどちらか一方に強く振ってしまった考えではなく、その中間の目を持ち合わせているのだろうと思ったりします。
普通はどう頑張ってもどちらか一方になってしまうものです。ちょっと頑張って異性の目線で見てみようとしてもたぶんたどり着けないところなのだろうと・・・

ですから、名のある人の多くはそういう傾向があるのかなと感じたりします。

2つの対極にある道の中間の道を切り開くことなく歩けるのですから両者から幅広い支持を得られるのかもしれません。
Re: No title
節約さん

コメントありがとうございます。
2つの脳を持っている視点ですね。
しかも、苦労も多いだろうから、世間から受け入れやすいんでしょうね。